けんぶちックな地方そうせい

剣淵町内を歩く、食べる、泊まる、そして出会う…。菅井尚伸の「新鮮・町レポ」をお届けするコーナーです。

#11「けんぶちックな短編映画が創れそう! 柴茜さん ”ひみつの夏休み”」

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拝啓、日下部彩香様。お元気ですか。東京はこの冬とても寒いようですね。

「じんじんと心ゆさぶる…それがけんぶちック」
このブログを始めて、一番感動する出来事がありました。。
なので、いつもより早い更新です。
剣淵への彩香ちゃんの想いに通じるものがあるような…読んでみて下さい。

第13回JTB交流文化賞 一般体験部門 最優秀賞 柴茜さん 『ひみつの夏休み』

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目覚めたときの光で、今日は快晴だとわかった。
アラームの音で起こされた娘も、寝転んだまま目を開けずに思い切りのびをしている。
急いで身支度をととのえて、食堂へと下る。
「おはようございます!」おかみさんとご主人の明るい笑顔に迎えられて、席に着く。
自分以外の誰かが作ってくれるごはんはそれだけで嬉しいのに、
焼き鮭、生卵、海苔、納豆、いくらの醤油づけ…
少しずつたくさんの種類が盛り付けられた旅館ならではの朝ごはんは、特別に幸せだ。
娘の手が届かないよう味噌汁を遠ざけ、こぼしたご飯粒を拾い、残した牛乳を飲みほす…と、
いつも通りせわしなかったけれど、胃袋は十分に満たされて、エネルギーの消費を待ちわびている。
旅立ちを決めたのは、出発のわずか二日前だった。反対されることは目に見えていたので誰にも告げず、
まだほとんど口もきけない一歳五ヶ月の娘と二人きりの、無計画で無鉄砲な往復三千キロの旅。
行き先は北海道・剣淵町。ガイドブックには載っていない、
三十年ほど前から絵本で町おこしに取り組んでいる小さな田舎町だ。
何年か前に観た、この町で撮影された映画の、明るい田園風景がずっと心に残っていた。
一人でする育児に悩み、けれど心配はかけたくないという思いから誰にも打ち明けられず、
寂しさや劣等感が募ってどうしようもなく行きづまっていた夏のある日、
ふいに剣淵の情景が脳裏に浮かんだ。スマホで『剣淵』と検索すると出てきた町役場の番号に、
即座に電話をかけ、「長野県に住んでいる者ですが、剣淵への行き方を知りたいんです」と
唐突に尋ねる。映画で観た風景や絵本への興味を話すと、電話口の男性は、
「そうですか~!ぜひ来てください!」と
気さくに、詳しいルートを教えてくれた。思いつきは急に現実味をおび、
その勢いで飛行機の便を検索し、逆算して地元の駅からの出発時刻を調べ上げた。
ハイシーズンなので、旅にかかる費用はアルバイトのお給料三ヶ月分。
自分のためにお金を使う余裕などない生活をしていた私には、大きな決断だった。
初めての国内線の飛行機、レンタカーの運転、幼い娘を連れていくこと…不安は尽きなかったが、
期待の方が勝り、翌々日には、ほんものの空を飛んでいた。
旭川空港でレンタカーを借り、高速道路かと錯覚してしまうような、
信号のない長い長い道路をひたすら走り続け、剣淵にたどり着く。無事に着いたという安堵と、
どこまでも静かな、静かな夜は、日ごろ寝つきの悪い私に、
あっという間にまぶしい朝を連れてきてくれた。

朝食をすませ、旅館からほど近い剣淵町役場に向かった。町づくり観光課の係長さんは
「まさか本当に来てくださるとは」と目を丸くし、「おーい、みんなで写真撮ろう!」と
職員に呼びかけ、『絵本の里けんぶち』という大きな横断幕の前で集合写真を撮ってくれた。
観光マップをもらうだけのつもりが、思いがけず地域おこし協力隊の二人が
町を案内してくださることになった。すらっと背の高い男性の鈴木さんは剣淵出身でIターン、
くりっと大きな目をした女性の今井さんははるばる大阪から来たのだという。
町内の説明を受けながら、絵本作家のあべ弘士さんの壁画がある小学校へと向かう。
広い校庭の脇に車を停め、壁画の真下まで近づく。
校舎の壁面には、北海道の冬景色が描かれていた。大きくのびやかに羽を広げたシマフクロウは、
壁をぬけ出して、広い青空に向かって今にも飛び立ってしまいそうだ。
その澄んだ青は、私が人生で目にした空色の中でもとびきりだった。
ロケ地になったバス停に向かう道で、畑に広がるレモン色の花は何かと鈴木さんに尋ねると、
「菜の花ですよ」と言われて驚いた。この北の大地では、夏のさなかに菜の花が咲き乱れるのだ。
今井さんも「びっくりですよね!私も去年の十月から剣淵に来たので、初めての夏なんです!」と
嬉しそうに言った。家々はどれも一様に、雪が積もりにくいよう傾斜の急なへの字型の屋根をしていて
薪ストーブの煙突があり、倉庫は屋根が丸い。真夏の太陽の下では想像もつかないけれど、
この町の冬は、やはり厳しいのだ。バス停で撮影を終え、鈴木さんが「あそこはとっておきだから」と
最後に残しておいてくれた、『パッチワークの丘』が一番きれいに見えるという場所へと向かった。
町民しか知らないという、すれ違いのできない細い道を進んでいく。
いよいよ丘を登りきる手前までくると、ジェットコースターの頂点のように、
目の前には空しか見えなくなった。この先には何が待っているんだろう、
小さなときめきにも似た期待が込み上げてくる。
丘を登りきった場所からは、町中が見渡せ、麦やジャガイモの畑がすぐ足元から連なっていた。
農作物の畑が自然に織りなす、緑や明るい黄緑、白、土色がつなぎあわされた風景。
自分が小人になって大きなカーペットを眺めたら、ちょうどこんなふうに見えるのだろうか。
しばらく景色を楽しみ、その場所からまたなだらかに下っていく。
小さな丘をいくつも越えて走るこの道の先には、希望以外にない、と感じさせてくれるような、
どこまでも明るく晴れやかに続く道だった。広大な風景の中で、
ついこの間まで危なっかしかったはずの娘の足取りは力強く、しっかりと大地を踏みしめていた。
「一歳五ヶ月って、もうこんなにしっかり走れるものなんですね!」と、
今井さんに言われて「そうなんです」と反射的に答えたものの、母親の私が内心驚いていた。
追いかけるこちらが疲れ果てるほど、娘はいたるところで走り回り、
カメラのフレームからすぐに外れていってしまう。きゃとぎゃが混じったような、
表現しようのない高く大きな声で興奮して笑い、行き止まりなく広がるこの世界を、
全身で楽しんでいた。どの瞬間を切り取っても、きっと娘は今、生まれてから一番開放的に笑っている、
最高の写真になるだろうな、と思った。

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子どもたちの世界は、ふんわりとやわらかなようでいて、
シビアで弱肉強食だ。図書館『絵本の館』で地域おこし協力隊の二人と別れてから、
館内の『ごっこはうす』でご満悦で遊んでいた娘は、明らかに自分より体の大きな小学生たちが
そこを使おうとすると、さっと場所をあけ渡した。
彼らは、ここはいつも私たちの場所だからと当然という様子で、
娘のことなど気にもとめずに遊びはじめる。「トントン、中で私も宿題やってもいいですか?」
「いいよ、どうぞー」そんなやり取りが聞こえたかと思うと、
「こんなことすると親が心配するでしょ、だめよ」と自宅での大人の言葉を真似ているらしい、
子どもらしからぬセリフも聞こえて、思わず顔がほころんでしまう。しばらくすると
今度は犬役になった男の子が「ワオーン!」と吠え、床に手足をついて書棚の間を駆け回っている。
人間って四足歩行で、こんなに速く動けるんだ!本当に動物みたい、と思いながら見ていると、
いつの間にか子どもたちの集団は『ごっこはうす』から離れて遊んでいる。
娘は、やっと自分の番だ、と言わんばかりの嬉しそうな顔をして、中へ入ろうとした。
そこへ突然、男の子が至近距離に迫り、娘に向かって「ガオ!!」と大声で吠えたのだ。
娘はびっくりして泣きそうになった、その瞬間だった。
「この人ほんとの犬じゃないよ!人間だから大丈夫だから、ね?」
女の子が娘を安心させようと、声をかけてくれた。「ねぇあっちいこ!」と、
驚くほど自然に娘の手をとり、十万個の小さな木のボールでできた砂場に向かって歩き出す。
娘も、抵抗なくついていく。子ども同士の本能的な共鳴はすごい。ついさっきまで遠巻きに見ていた、
小さなお兄さんお姉さんの輪の中に、娘は一瞬で溶け込んでいった。

子どもたちによると、児童数が少ないため、異年齢同士でもよく遊ぶという。
先ほど娘の手を引いてくれた女の子は、「ちょっと待ってて、絵本借りてくる!」と言うと、
あっという間に一冊抱えて戻り、平仮名と片仮名を覚えたての一年生らしく、
一文字一文字をたどるようなゆっくりとした口調で、娘に読み聞かせてくれた。
娘も静かに耳を傾けている。ふと横を見ると、別の子たちが滑り台の表面に、
しきりに木のボールを敷き詰めている。「何してるの?」と尋ねた私に、
「面白い滑り台だよ!」と彼らは言った。なるほど、ボールをのせることで、
より勢いよく体が滑るのだろう。いつもここで遊んでいる地元の子どもたちだから知っている遊び方だ。
男の子の妹だという小さな三歳の女の子までも、一生懸命ボールを拾う手伝いをしている。
やがて準備がととのった。早く娘を滑らせたくてたまらない子どもたちの表情は期待に満ち、
始点に乗せられた娘もわくわくしているのがわかる。幼いなりに、
自分のための皆の尽力を理解しているのだろうと思った。「それー!」の掛け声で娘が滑ると、
子どもたちから歓声が上がる。娘も声を上げて笑っている。本当に幸せな光景だった。
「ねぇ、長野県って知ってる?私たち、長野県から来たんだよ」子どもたちに尋ねると、
「知ってる!だって僕、東京行ったことあるもん!」、一人の男の子が自慢げに答えてくれた。
実際、私たちの住む町から東京は、特急を使っても三時間以上かかるほど離れている。
けれど、剣淵の子どもたちからすれば、本州にある東京と長野は距離感としては同じなのだろうな、
と思いほほえましかった。そうこうしているうちに、一人、また一人と、母親が迎えに来て、
子どもたちが帰っていく。帰り際に男の子が、「また来てください!火曜日ならいると思うから!」と、
私たちに向かって笑顔で言った。「遠く離れてしまうからもう会えない」ではなくて、
「また明日!」とでも言うような、軽やかなお別れ。「うん、次の火曜日に、また会おうね!」と、
言えたらいいのに…。胸がいっぱいで言葉につまった私は、「ありがとう!」と返すので精一杯だった。
閉館時間になったので、残っていた女の子と外に出る。
駐車場に停められた、ピンク色のヘルメットがかかった自転車を見て、
彼女が自転車通学なのだとわかった。迎えを待つ必要もなく、いくらでも早く帰れたのに、
最後まで私たちに付き合ってくれたのだ。彼女は自転車を押しながら何度もこちらを振り返って手を振り、
私たちの姿が見えなくなる駐車場の端で、もう一度振り返って最後のさよならをしてから、
自転車にまたがり走り去っていった。母子二人だけになってがらんとした広い駐車場に立つと、
名前も聞けなかった子どもたちとの時間は、なんだか夢のようで信じられない。
それでも、共に過ごしたひとときは確かに、絵本を読んだ後のような心の温もりを、
私たちに残してくれていた。翌朝旅館を発つとき、おかみさんとご主人に
「きっとまた来ると思います」と伝えると、「あーもうそれはなんぼでも、またぜひ来てください!」と、
笑顔で見送ってくれた。この町での出来事を振り返りながら小学校の前を通り、
「ありがとう」と小さくつぶやく。今日も空は青く澄んで広い。
旭川方面に向かって車を走らせていくと、ここまでが剣淵だ、ということを示す看板のある町の境が来る。
涙で少し視界がかすんだ。自分がふるさとと呼びたいほど愛おしい場所が、
ふるさとからこんなに遠く離れたところにできるとは思わなかった。
帰宅すると、いつも通り、娘を寝かしつける準備に追われる。
帰路でぐずってばかりだった娘は、体力の限界をむかえてパタリと眠りについた。
旅で使った服を洗うために洗濯機をまわす間、
デジカメで撮影した北海道での写真をテレビ画面に映してみる。
ほとんど私がシャッターを押していたので、どの写真も、写っているのは、娘、娘、娘…あ、私だ。
娘に負けないくらい、生き生きと笑っている自分が、そこにいることに驚き、静かに感激した。
体はくたくたのはずなのに、不思議なすがすがしさで、なかなか眠気は襲ってこない。
深夜零時、部屋の灯りを消し、目を閉じた。風景の色、出会った人たち、乾いた空気…。
遠く離れた地で過ごした、娘と私しか知らない特別な夏休みを、愛おしむように思い返していく。
まぶたの裏に、レモン色の花がさわさわと風にそよいでいる様子が映し出される。
自分がその場所に立っているような感覚になって鼻から息を吸い込むと、
寝苦しいはずの夜に少しだけ、乾いた涼しい風が吹きぬけた。(JTBのHPより)

 まちの短編映画が創れそうですね。『ひみつの夏休み』
サブタイトルは …「じんじんと心ゆさぶる それがけんぶちック」でどうでしょう??

投稿日: 2018年01月31日カテゴリー: けんぶちックな地方そうせい

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